「貴女が、僕をどう思っていらっしゃるか……。僕は、貴女のお父さんを起訴して、絞首台に送りました。しかし後で、その事実が、間違っていることが分りました。貴女はお父さんが、理由のない首を絞められたのを御存知でしょう」
「いいえ、そのことについては、私、少しもお怨みはしておりませんの、何事も、運命ですわ。それに、父の方だって、私の知らない間に、大変悪いことをして……」
「では、僕が控訴したのをお忘れになったのですね。それがあったばかりに、一審の有期刑が、どうなったと思います? もし僕が、お父さんにそのままの服役を許したとしたら、船場四郎太の告白で、殺人の罪が消えてしまったことになるのです。御覧なさい、この手です。この手が、むざとせっかくの機会を※り取ってしまったのです」
 すると早苗の顔に、サッと血の気が上った。
 いまの一言で、彼女は水を吹きかけられたような気がした。
 けれども、なによりいっこうに解せないのは、この男が、憎め憎めと云うように唆りたてる態度だった。
「貴女が、どこにこの不幸の根があるか――知らぬはずはないと思いますがね。いざ、死なれてみると、貴女は蓄財のないことがお分りになったでしょう。どうしたら、これからやってゆけるのか――それだのに、自分をどん底に突き入れた男の顔を見ていても、唾一つ吐きかけるでもない……」
 そうして女の顔に、憎悪の色がようやく仄見えてきたとき、意外にも、男は張りの弛んだような吐息を洩らすのだった。 田無 歯医者 wasurete フォーラム :: フォーラムを表示 ? 暑さ忘れて蔭忘る
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