ところがその時、喝采が意外な場所から起った。突然電話の鈴が鳴って、その一瞬を境に、事態が急転してしまった。クリヴォフ夫人に帰納されていった法水の超人的な解析も、この底知れない恐怖悲劇にとっては、たかが一場の間狂言にすぎなかったのである。法水は、静かに受話器を置いた。そして、血の気の失せきった顔を二人に向けて、なんとも云えぬ悲痛な語気を吐いた。
「ああ、僕はシュライエルマッヘルじゃないがね。熱を傾けて苦を求めたよ、また、血みどろの身振り狂言なんだ。それも、人もあろうに、クリヴォフが狙撃されたんだよ」と陽差が翳って薄暗くなった大火之図の上に、法水はいつまでも空洞な視線を注いでいた。あたかもその様子は、彼が築き上げた壮大な知識の塔が、脆くも崩壊しつつある惨状を眺めているかのようであった。法水の歴史的退軍――これこそ、捜査史上空前ともいう大壮観ではないか。
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