不良と聴いて、豹一の眼は一層凄みを帯びた。余りににらみ過ぎて、泪が出そうになったので、あわてて、眼をこすって、またにらみかえした。
(よし、あの男の眼の前で、この女の手を掴んでやる! それから、あの男に飛び掛って行くんだ! おっと、数えるのを忘れていた。一足飛びに五十と行こう。……五十一、五十二、……)
 豹一の顔はだんだん凄く蒼白んで来た。ルンバの早いテンポに合わせて、数え方も早くなって行った。
(百数えて、これが実行出来なければ、お前はおしまいだ! 一生人に軽蔑され続けるんだぞ。それでも良いか? お前の母親は辱しめられたんだぞ)
 もうあとへ引けないと思うと、豹一はだんだん息苦しくなって来た。銀紙を投げた男はいまにも飛び掛って来そうだった。
(六十二、六十三……、六十七、六十八、……)
 豹一ははげしく胸の音を聴いた。ついぞこれまで女の手を握ったことが無いのである。
「七十、七十一、七十二、……七十五、……」
 はねつけられた時のことを考えると、だんだん勇気が挫けて来た。いきなり、豹一は声を立てて数えはじめた。
「七十六、七十七、七十八……」
 女はあきれてしまった。(この人気違いではないかしら?)
 豹一はもうそんな女の顔を見向きもしなかった。ただ、じっと男の顔をにらみつけていた。
「七十九、八十、八十一、……」
 ルンバの騒音は豹一の声を殆んど消していた。が、豹一の真赤になった耳は自分の声と格闘を続けていた。
「八十一、八十二、八十三、……」
「らっしゃいませ」
「珈琲ワン」
「ありがとうございます」
「ティワン」
 喧騒のなかで、豹一の声は不気味に震えていた。
「八十四、八十五、八十六、……」
 色電球の光に赤く染められた、濛々たる煙草のけむりの中で、豹一の眼は白く光っていた。
「八十七、八十八、八十九……」
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