サイコロは掌の上で一回転した。
「奇数だ!」
鶴雄はにやりと笑うと、サイコロをズボンの中へ入れて、四条河原町の方へさっさと歩き出した。
偶数が出れば、東へ歩いて行って、円山公園で待っている田鶴子に会うつもりだったが、「5」と出た以上、もう田鶴子のことは香車で歩を払うように簡単に、黙殺だ。
黙殺してしまうと、サバサバした。
「――好きでもない女に会いに行くのは不潔だ」
家の環境がたまらなくて、毎日外を遊び歩いている寂しさが、ふと好きでもない女の愛情にすがろうとしていた自分を、ちょろいぞと思った。だから、いつも行動を決しかねる時に振ってみるサイコロが、会いに行くなと決めてくれたことが、ふとうれしかった。
一人歩きの自由さを、生暖い春風がふと快よくゆすぶってくれるようだった。
しかし、木屋町通りを横切ると、鶴雄の眉はふと曇った、サイコロは西へ行けと教えてくれたが、しかしそれ以上の行動の見当がまるでつかぬのだ。
今日一日何を成すべきか。それが判らない。哀れな現代の学生の病弊だろうか。たとえば、鶴雄のズボンには十円紙幣が一枚はいっている。これが今日の全財産だ。しかし、これをいかに有効に使うべきか、それがまるっきり判らぬのだ。
それでも鶴雄は歩いて行く。
四条通りはまるで絵具箱をひっくり返したような、眩しい色彩の洪水だった。
去年の八月まで灰色の一色に閉ざされていたことが、まるで嘘のようなはなやかさである。
敗戦国に焼け残った唯一の大都市だといってしまえば、それまでだが、しかし、この浮ついた、はなやかさは何か気ちがい染みている。人通りも多い。春のせいか、土曜日のせいか、いやらしいくらいの雑閙だ。
その雑閙に揉まれながら、河原町の交叉点を横切り、疎開跡と広場まで来ると、人だかりがしていた。
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